プロセス設計の実務

プロセス設計の基本的な業務を、エタノール合成設備のプロセス設計を題材に説明しています。
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エタノール合成設備

プロセス設計に関する説明をより分かり易くするために、仮想的なプラントを設定しました。ここでは代替燃料として注目を浴びているエタノール合成設備のプロセス設計を通じて、プロセス設計の基本を学んでいきます。

原料を二酸化炭素(炭酸ガス)と水とします。ただし、誤解が無いように言っておきますが、二酸化炭素(炭酸ガス)と水から直接エタノールを作るプロセストは実用化されていません。あくまでも仮想プラントとしてご理解下さい。

3. 合成反応条件の設定準備

3.1 反応条件設定項目

エタノール合成プロセスで最も重要な変数であるエタノール合成の反応条件を設定します。反応条件、つまり、反応温度と反応圧力を決定するためには、以下の3つの項目を考慮しなければなりません。

  1. 反応化学平衡
  2. 反応速度
  3. 反応器型式


ここで化学平衡は熱力学の基礎であり、ある温度における平衡定数および平衡反応率を計算することで、反応物から理論的に出来る生成物の割合を求めることが出来ます。
プロセス設計上、一定の原料から製品生産量を最大にすること、つまり原料原単位を最小にすることが求められます。そのためには平衡反応率が出来るだけ大きくなるように、かつ反応が平衡(生成物濃度が平衡濃度に接近した状態)に出来るだけ近づくように温度を選択します。
ただし、エタノール合成反応は発熱反応ですので、平衡反応率は温度の上昇と共に低下します。そのために、反応温度として低い温度が望ましいのですが、余り温度を下げると反応速度が減少します。さらに反応が平衡近くになりますと反応速度は急激に小さくなる傾向にありますので、触媒量が大幅に増大します。

反応速度を表す式は反応生成物の濃度(分圧)あるいは温度の関数で、反応速度式を推算するためには温度や圧力を変えて実験を行い、そのデータから反応速度係数を求める必要があります。また、触媒を必要とする反応では、反応速度を積分することにより触媒量を求めることが出来ます。
この反応速度は触媒の比表面積(表面積/体積)に比例しますので、比表面積が大きい触媒を採用することで触媒量を減じ、さらに反応器を小さくすることが出来ます。しかし、このエタノール合成に関しては実験データが見つかりませんので、実際に触媒量を算出することは出来ません。

3.2 反応温度の設定

実際のプロセス設計では反応温度と反応圧力を変えて反応率や触媒量を算出し、触媒や反応器のコストと原料原単位に関するケーススタディを行い最適設計にアプローチします。

エタノール合成反応は温度上昇を伴う発熱反応なので、反応温度は平衡温度よりやや低めに設定します。逆に吸熱反応では反応温度を平衡温度よりやや高めに設定します。先ほども説明しましたように、正確な反応速度を求めることが出来ませんので、反応平衡のみを考慮して中程度の温度範囲(150~300℃)を選定します。
また、この反応温度と平衡温度との差をアプローチ温度(approach temperature)と言い、経験的に10~30℃に設定されることが多いようです。

このエタノール合成の物質収支の計算では便宜上、アプローチ温度を0℃に設定しました。


また、前章で説明したシフト反応も発熱反応ですので、エタノール合成では温度が上昇し反応率が低下しますので、エタノール合成反応器は触媒を充填する空間を提供するだけでなく、反応温度を制御する機構が必要となり、熱を外部に放出するための構造が必要になってきます。

今までの議論を纏めますと、

  1. 反応温度をある範囲に設定して、化学平衡をもとに物質収支と熱収支を計算し
  2. 次に反応速度を求め必要な空間あるいは触媒量を算出し、
  3. 最後に必要な空間と形状、そして反応熱除去を考慮し反応器を設計します。

3.3 反応圧力の設定

エタノール合成における圧力の設定については、反応温度と異なって合成ガス(H2 & CO2)の圧縮動力が大きな要因となります。
勿論、平衡反応率や反応速度にも圧力の影響はあるのですが、後述するように平衡反応率を低圧モル比熱を使って計算していること、そして反応速度を同定しないことにしましたので、結果的に物質収支と触媒量への圧力の影響を無視していることになります。
このガスの圧縮動力は化学プロセスの燃料原単位に大きく影響する要因で、出来れば合成圧力を下げたいのですが、以下の理由により中程度の圧力(1~5MPa)とします。

  1. 反応式が ”2CO + 4H2 ⇄ C2H5OH + H2O” であり、圧力を高くすることで反応がより右辺に進むと考えられる。
  2. 反応速度も圧力が高いほど大きいと予想される。
  3. 1MPa以下の低圧では、高圧に比較して機器や配管のサイズが大きくなり、経済的でないと考えられる。

3.4 原料の流量ならびに組成の設定

次に原料の流量ならびに組成を設定します。原料の流量は、今の時点で製品のエタノールがどの程度生産できるのか不明ですので、水素と二酸化炭素を ”2CO2 + 6H2 → C2H5OH + 3H2O” の割合に沿って流量を決め、また、二酸化炭素中の窒素分(0.5%)も考慮します。

  1. 水素 6000kmol/hr
  2. 二酸化炭素 2000kmol/hr
  3. 窒素 10kmol/hr

3.5 平衡反応率の計算

物質収支を計算するためには、シフト反応およびエタノール合成における平衡反応率を求める必要があります。シフト反応についてはすでに種々の研究論文や触媒メーカーから平衡定数式が提案されていますので、ここでの議論は省きます。
この平衡反応率の推算では、”標準生成自由エネルギー変化”と”標準生成熱変化”および”低圧モル比熱係数”から”標準自由エネルギー変化”と”標準反応熱変化”、”低圧モル比熱係数変化”と”標準エンタルピー変化”を求め、平衡定数を計算しました。
ここで考慮する反応式は下記に示すように、COとH2からエタノールとH2Oを生成する反応で、使用した物性を表に纏めましたので参考にして下さい。

2CO + 4H2 ⇄ C2H5OH + H2O

また、推算した平衡定数(K)を物質収支計算に使用する場合、次の絶対温度の関数として表現しておくと便利ですので紹介します。道具としてはExcelを使用します。まず、

  1. 絶対温度 T から Tx = 10^3/T-1 (変則絶対温度)を計算します。
  2. また、推算した平衡定数(K)の自然対数(ln(K))を計算します。
  3. 次に、変則絶対温度Txを変数として平衡定数(ln(K))をグラフにプロットします。
  4. 最後に近似式を求めます。

以下にプロットしたグラフと近似式を載せましたので、これも参考にして下さい。

エタノールをCO2とH2から合成するとしますと、その際の平衡定数は先ほどのCOとH2からに比べ百万分の一以下になり、そのような反応ではエタノールが合成できないという結果になるでしょう。

ln(K) = 26.07*Tx - 33.336


エタノール合成の平衡定数関連物性

平衡定数関連物性 単位 反応物(1) 反応物(2) 生成物(1) 生成物(2)
標準生成自由エネルギー変化 kcal/mol -32.8079 0 -26.9909 -54.6357
標標準生成熱変化 kcal/mol -26.4157 0 -43.9890 -57.7990
低圧モル比熱係数 a cal/molK 6.420 6.9469 3.852 7.256
低圧モル比熱係数 b 10^3 cal/molK 1.665 -0.1999 43.239 2.298
低圧モル比熱係数 c 10^6 cal/molK -0.196 0.4808 -13.058 0.283

「エタノール合成設備」(連載終了)
第1章 設計基本(Design Basis)
1.1 エタノールの仕様
1.2 水の仕様
1.3 二酸化炭素の仕様
第2章 プロセスの構築と設定
2.1 プロセス名称の決定
2.2 合成反応とプロセスの設定
第3章 合成反応条件の設定準備
3.1 反応条件設定項目
3.2 反応温度の設定
3.3 反応圧力の設定
3.4 原料の流量・組成の設定
3.5 平衡反応率の計算
第4章 合成条件のケーススタディ
4.1 ケーススタディの手順
4.2 圧力と温度のケーススタディ
4.3 ケーススタディ結果の考察
第5章 プロセスの改良
5.1 循環比とエタノール生産量
5.2 循環システムの構成
第6章 物質収支計算
6.1 物質収支計算ソフトの作成
6.2 物質収支計算結果
第7章 熱収支計算
7.1 運転条件の設定
7.2 熱収支計算結果
7.3 熱回収システム
7.4 全体物質熱収支
第8章 冷却負荷とスチーム発生
8.1 冷却負荷
8.2 発生スチームと合成管熱回収
8.3 スチームの利用形態
8.4 スチーム条件の設定
8.5 発生スチーム量の計算
第9章 エネルギー収支
9.1 エネルギー収支表の作成
9.2 合成ガス循環機の軸馬力計算
第10章 スチームの有効利用
10.1 スチームの利用方法
10.2 合成ガス循環機動力の再計算
第11章 スチームシステムの構築
11.1 スチームシステム
11.2 スチームタービン
11.3 スチームタービン形式の選択
第12章 スチームタービンの熱収支
12.1 スチームタービン可能動力
12.2 抽気復水タービン

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